単調な基本稽古のなかに極意がある

『皆さんが勉強するのは、より多くの知識と、より多くの学問を修めたいから勉強している。それと同じだ。道場へ来て汗を流すのは強くなりたいからだ。いいことばでよく言えば、さっきも言ったが心身とも、精神も肉体も強くなることだ。それでは強くなる極意はどこにあるか。それは基本稽古のなかにあるんだ。基本を本当に何万回、何十万回やっているうちに叩き方、蹴り方、それから跳び方、当て方、捌き方、動き方、間合いの取り方・・・こういうものを自然に覚えてくる。こういうことを言っても、いまの君たちにはピンとこないだろう。それだけの稽古をやったものでなければわからない。しかし、それは間違いのない事実だ。カラテの稽古は単調な稽古だ。毎日毎日繰り返し同じことをやるのだから。ヨーロッパ、アメリカに行ってカラテを教えると「カラテに音楽を入れて下さい」という。そうすると、エアロビクスみたいに男にも女にも愛用される。私もときどき思う。音楽に合わせてやればどうなるかな、と。しかし、武道は精神的なものであって、動きだけのものではない。』                         大 山 倍 達 総裁講話 1988.01.04 於.総本部冬合宿

“空手の命は組手にあり 組手の命は基本にあり!”

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